作家・経営者・税理士という三つの顔を持つ安江一勢さん。約30社の顧問先を、実質ひとりで見続けている。「拡大しない」「単価を上げる」「深く付き合う」——その働き方は、同業の中でも際立って独特だ。AIによる効率化が叫ばれるいま、なぜあえてスケールしない道を選ぶのか。専門職の未来と、仕事における信頼のかたちについて聞いた。
AI化の「限界」は、どこにあるのか
「業務のどこまでをAI化しているのか」——取材の冒頭、そんな問いから話は始まった。ミスが許されない税務の世界では、AI導入によって精度を上げたいというニーズは強い。だが安江さんの答えは、意外なほど冷静だった。
「結局、その事務所が持っているお客さんの層によります。税法の適用の仕方って、業種によって全部違うんですよ。だから、業種を絞っていない限りAI化しづらい」
たとえば飲食専門、建築専門といった具合に業種を絞った「専門税理士」であれば、AI化は十分に可能だと安江さんは言う。しかし、飲食も建築も美容室も運送も——と幅広く抱えていれば、仕訳の基準そのものが顧客ごとに変わってしまう。そこに、汎用的な自動化の壁がある。
「うちも銀行データを吸い上げて、ある程度テンプレート化できるようにはしています。でも最後は全部、人の目で見てチェックしないと正しくならない。だから税理士がいるし、税金って難しくなっちゃってるんですけどね」
意外なことに、安江さん自身はAI化に前向きだ。
「僕は早くAI化してほしい派なんです。申告書を自分で作るのもそれなりに時間がかかるので、勝手に自動化してくれたらいいのにって思ってます。ただ、利権もあるので、そう簡単には進まないだろうなとも思いますね」
握りしめるのか、手放したいのか。同じ「AI化の限界」を前にしても、専門職としてどちらの立場を取るかで、見える景色はまるで違ってくる。
なぜ「拡大しない」のか——リスクと信頼の構造
安江さんが率いる会社は三社。だが税理士業に限れば、実務を担うのは実質ひとりだという。かつて組織化に挑んだこともあったが、行き着いたのは「広げない」という結論だった。
「拡大するとリスクだけが上がるんです。税理士資格を持たないスタッフに法律の仕事をさせる怖さ、というのがあって」
その怖さの正体は、単なる技術的なミスの話ではない。もっと構造的なものだ。
「いろんな社長さんに聞くんですけど、社長は資格を持たないスタッフのことを、なかなか信頼しないんですよ。じゃあその状態で顧問料が三万から四万に上がるかというと、多分上がらない。そう考えると、事務所を大きくするモデルって、構造的に結構壊れてるんじゃないかと思うんです」
昨年、新卒のスタッフを迎えて組織化にチャレンジしたこともあった。決算まで教え込み、ある程度こなせるところまで育てた。それでも——。
「見るポイントが、僕より絶対に浅いんですよ。当たり前ですよね、資格保持者じゃないので。そう思ったときに、危ないなと。しかもその子が突然辞めてしまって」
数字と数字を照らし合わせ、突っ込みどころを探しながらチェックしていく作業。チェックしたものをまた上司がチェックする——そんな多重の確認を重ねても、ミスがすり抜けていくリスクはゼロにはならない。
「少人数なら、結局自分でやったほうが早いんです。一番速いし、ミスも起こらない。スケールしない仕組みとしてはダメなんでしょうけど、その分、単価を上げればいいと考えて、僕はもう振り切っちゃいました」
単価を上げ、一人ひとりと深く付き合う
顧問料の相場は、月に二〜三万円ほど。だが安江さんの顧客には、月十五万円という水準の会社も少なくない。
「業務の九割以上は僕がやります。その分、単価をしっかり上げさせてもらう。新規はあまり受けませんし、毎年単価を上げてもらって、それが難しければ解約もします。その代わり、業績を上げていくことは大事にしている。そのほうが、人として付き合えるなと思ったんです」
顧問契約を結ばず、お金の相談にだけ乗ることもある。申告業務を一切組まず、助言だけを提供するスタイルだ。
「そっちのほうが、価値が高いかなと最近は思っていて。申告業務はどこかで必ずAIに自動化される。それをどう捉えるか、なんですよね」
対照的な戦略も紹介してくれた。福岡で活躍するある同業の先生は、業種を飲食に絞り、業務を徹底的にAI化。テンプレートを顧客にも使ってもらい、単価の低いスタッフで「生産工場」のような体制を築いているという。伸びてきた顧客には、その先生自身がコンサルティングで入り、さらに大きくしていく。
「AIを使うなら、ああいうふうに徹底的に工場化して単価を下げまくるしかない。逆に言うと、僕がやっているように業種を絞らないなら、AI化は難しい。どっちに振り切るか、なんだと思います」
独立の原点は「じっくり見たい」という思い
こうした働き方の源流は、独立前の経験にある。安江さんはかつて、五人ほどの規模のベンチャーで働いていた。
「社長が取ってきたお客さんを、まず僕が全部見て、会計情報をテンプレートに整えて、部下たちに渡していく。そういう仕事をずっとしていました。まず一度訪問して、経営の助言をしたり、相続のコンサルティングに乗ったり。ある程度まで組み立てて手がかからなくなったら、部下に引き継ぐ」
信頼関係ができたそばから、別のスタッフに引き継いでいく。そこに、拭えない違和感があった。
「やりがいはあったんですけど、キリがないし、何も残らないなと思って。それに、二時間で帰ってこいみたいな時間の制約もあった。もっとお客さんごとに、じっくり見てあげたい。それができないなと思ったのが、独立のきっかけの一つですね」
そもそも税理士を志したきっかけは、簿記だったという。
「簿記ができたのと、向いていたのもあって。その先にあったのが税理士だった、という感じです。性格的には向いていないらしいんですけどね。だからこそ、エッジが効いていて『あんまりこういう人いないよね』と選んでもらえているのかもしれません」
特殊な顧客層と、それゆえの「一人勝ち」
安江さんの顧客は、半分以上がコーチやコンサルタントだ。いわゆる「講座ビジネス」を営む人たちである。この特殊性こそが、スタッフが定着しなかった理由の一つでもあった。
「講座ビジネスって、独特な世界なんですよ。飲食店なら『仕入れて、作って、売る』とわかりやすい。でも講座は、一度自分が受けてみないと、どういう流れでお金が動くのか体感しづらい。PayPalなんかも絡んでくると、お金であってお金じゃない、みたいな部分もある」
さらに、個人とプライベート、そして事業が入り混じるのも、この業態ならではの難しさだ。店舗もなければ、扱う「モノ」もない。
「前提の知識がないと、業務そのものが難しくなってしまう。スタッフには少しかわいそうなことをしてしまいました。でも逆に言えば、この領域は税理士も参入しづらいので、僕としては結構『一人勝ち』みたいなところもあるんです」
業界の中での、際立った立ち位置
同世代で独立している税理士は、周りに一人もいないという。
「三十代の税理士って一割くらいしかいなくて、二十代だと一パーセント。平均年齢が六十歳の世界なんです。多くはサラリーマンをやりながら勉強していて、独立している人はほとんどいない。僕がちょっと早かったんですよね」
働き方も、あり方も、周囲とはかなり違う。それでも安江さんは、これを特別なことだとは言わない。
「独特ではあると思います。でも、こうしないと食えないな、とも思っていて。時間を制限しながら、一人ひとりと深く付き合っていこうとすると、自然とこういう形になるんです」
現在の顧問先は二十五〜三十社。ほとんどが紹介によるものだ。加えて作家業やコンテンツ制作、本づくりにもリソースを割いている。
属人性は「弱み」ではなく「価値」
税理士の仕事は、業種によって毎年、取るべき対応が変わる。だからこそマニュアル化が難しく、属人性が抜けない——それは一見、事業としての弱みに見える。だが安江さんは、そこにこそ意味があると語る。
「ワンミスも許されない業種なんです。ミスをしてしまえば、僕らは資格を失いかねない。だからこそ神経を使うし、属人的にならざるを得ない。でも、だからこそ、そこに価値があるのかもしれないと思っています」
AIに法律を学習させ、その中で判断させる——理屈のうえでは、それも可能だ。だが、幅広い業種を抱えながら、一人ひとりの経営に寄り添っていく仕事は、そう簡単には自動化できない。
効率化の波が押し寄せるなかで、あえてスケールを手放し、深さを選ぶ。安江さんの働き方は、専門職が「人として付き合う」ことの価値を、静かに問いかけているようだった。
